第1回目は、やはり日本で最も大きい企業から始めましょう。売上高、純利益、あるいは時価総額(株価に発行済み株式数を掛けた値)のどの値をとっても、日本で一番大きい企業はトヨタ自動車です。トヨタ自動車の売上高がどれ位あるか、想像つきますか?
さて、ここですぐに決算書を見ないのが私流の分析です。というのは、決算書を目の当たりにした瞬間に、意味なく上から下まで順番に数値を見ていこうとどうしてもなりがちです。その結果、分からない言葉がたくさん出てきて、「会計は難しい」という結論に至ることが多々あります。せっかく皆さんの身近な企業を取り上げて決算書を数多く見ていこうというのに、これではあまりにももったいないですね。そこで、決算書を見る前に出来るだけその企業について知っていることを言葉にしてみましょう。それらはきっと何らかの形で決算書に数値となって表れているはずです。
「仮説を立てて検証する」というプロセスを、決算書を読む際に意識していきましょう。
例えばトヨタ自動車・・・、と言えば皆さんはどのようなイメージを持っているでしょうか?
- グローバルレベルで生産台数を益々伸ばしている自動車会社 ⇒ 売上や利益が成長している?
- 良い車、先進的な車 ⇒ 研究開発費が多いのでは?
- トヨタ生産方式という言葉に代表される製造工程の最適化 ⇒ 在庫や設備の効率化?
- トヨタ銀行という呼び名 ⇒ 潤沢な手元現預金?必然的に借金はほとんどない?
- KDDIや不動産会社など、事業投資にも積極的 ⇒ 長期保有の株式が多い?
トヨタ自動車のイメージがすんなりと決算書の仮説にはつながらないかもしれませんが、回を重ねていけば徐々に慣れていくことでしょう。大事なことは正解を追い求めることではなく、自分なりの結論を持つことです。合っていれHappy、間違っていれば新しいことをひとつ学んだことになり、これまたHappyです。
では、トヨタ自動車の平成16年3月期の連結損益計算書(PL)と連結貸借対照表(BS)を見てみましょう。
【図】連結損益計算書と連結貸借対照表
連結損益計算書(PL) (自 平成15年4月1日 至 平成16年3月31日)
1. 日本で一番売上の大きいトヨタ自動車の連結売上高は、17兆2,947億円です。これは前年比で7.7%の成長に相当します。7.7%と言っても、これだけの売上規模ですから1兆2千億円強の売上増です。ある程度の大きさの会社でもスッポリ入ってしまう規模ですね。
2. 次に売上高に対する主要利益項目の割合を見てみましょう。売上総利益で21.9%、営業利益で9.6%、税引き前純利益で10.2%、そして税引き後の当期純利益で6.7%です。トヨタのPLは、「20%の粗利⇒10%の営業利益(又は経常利益)⇒税金4割支払って純利益6%台」というとても覚えやすい構造をしています。今後取り上げていく様々な企業のPLもこのトヨタの数値をひとつのベンチマークとして考えると良いでしょう。
3. トヨタ自動車のもう一つの柱となる事業は金融事業です。金融事業と言っても銀行や証券会社ではなく自動車販売に伴うローンを主体としたビジネスです。金融収益(いわゆる売上高)として7,167億円ありますが、これはトヨタ全社の売上の中ではわずか4.1%にしか過ぎません。しかし、金融事業は売上に対する利益率が高いので、営業利益ベースではトヨタ全社の実に21.1%の貢献を果たしています。トヨタ絶好調の裏に、金融事業との相乗効果が読み取れます。
4. 営業利益で10%超というのは日本では少なからぬ企業が目指すひとつの優良ベンチマークです。営業利益で10%ということは、要は100万円の車一台売れて、本業周りの費用を差し引いたところ10万円の利益が残ったということです。売上高のちょうど10%に相当する販売費及び一般管理費では、給与手当、販売諸費、広告宣伝費、運賃諸掛費の順に多くなっています。一般消費者相手のビジネスであるため広告宣伝費が多い、それなりの重さのものを運搬するため運賃諸般費が多い、など販管費の中身をみることで、その事業の特徴が分かり、また他社と比較することで企業間の戦略の違いも見えてきます。また、研究開発費には6,822億円使っており、この金額規模もやはり日本ナンバーワンでしょう。
5. トヨタの連結決算書の純利益が1兆円を超えたということが昨年新聞紙上で話題になりました。純利益1兆1,620億円、確かに1兆円を超えています。それに追随する純利益1兆円のアジア企業は、残念ながら日本からではなく韓国のサムスン電子のようです。
連結貸借対照表(BS) (平成16年3月31日現在)
1. PLは売上高を見て、それから各利益項目の対売上高比率を見るところから始めました。BSはどこから見ましょうか・・?PLでは一番大きい数値である売上高から見たように、BSの中で一番大きい数値である資産合計から見ていきましょう。総資産22兆402億円なので、総資産に対する売上高の比率(=総資産回転率)は0.78倍です。BSの方がPLより重たいわけです。BSがPLよりはるかに大きくなるのは、自動車製造業というより金融事業の特徴と言えるでしょう。
2. BSの左側を見ると流動資産が40.1%とあります。米国会計基準の場合、流動資産と固定資産という形式で表記上分けてないため少々読みにくいので気をつけましょう。「トヨタ銀行と言われるくらいだから現預金が多い」という流動資産拡大説と「手元の現預金を長期の債券で運用し、かつ製造業故の設備、さらに事業投資や持ち合い株の株式長期保有」という固定資産拡大説の両方からすれば流動と固定がほぼ五分五分であることも納得できますが、中身を見るともう少し様子が異なるようです。
3. 資産サイドで個別の勘定科目で最も多いのは長期金融債権です。これがいわゆる金融事業(主に自動車ローン)に伴って発生している、トヨタグループ保有の債権です。流動資産の中にある金融債権と合わせると5兆8,519億円におよび、これは実に総資産の26.5%に及びます。売上比では金融事業はわずか4.1%の構成比でしたが、資産では金融債権だけで26.5%の構成比を占めている訳です。
4. BSの右側に目を移すと、全体の60.9%が負債であることに目を取られます。「トヨタ=無借金会社」と思っていた方には驚きですが、トヨタは連結ベースで実に7兆5,614億強の借金をしている会社なのです。トヨタのBSを見ていると、「借金=悪」という一般的概念が必ずしも正しくないということが分かります。借金の大きい理由は先の金融債権5兆8,519億円の原資となるお金を借金で調達していることがひとつの理由です。でもこれだけ毎年儲かっている会社なのに、その儲けをもう少し使って借金を減らすことは出来ないのでしょうか・・?
5. 株主資本の中にある自己株式△8,352億円。これはトヨタがトヨタ自身の株式を買い、それを自己で保有しているものです。これは株主還元の一つの策ですが、トヨタは自己株式の購入に自社の儲けの大部分を使っているのでした。儲けは株主に還元し、足りないお金は借金で調達する。優良企業のトヨタだからこその、一歩先を行く財務戦略と言えましょう。
【今後の注目】
儲かっているが故に、潤沢な利益をいかに株主に還元するかがトヨタの大きな課題でした。トヨタはここ数年、自己株買いや増配によって、株主還元を積極的に推し進めています。トヨタという日本のトップ企業が株主を重視した財務戦略を取り、借金を有効活用する姿を示していることは、多くの日本企業に財務戦略上の示唆を与えるでしょう。自動車事業を主体として、金融事業、その他事業投資など、今後ますます目が離せないトヨタ自動車です。決算書については「安全性」を分析するより、今後の成長性の維持、巨大な資産に対する投資収益性、株主還元策の推移に着目したいところです。
シリーズ 財務諸表から見える企業
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