第7回目は、アパレル専門店ユニクロを全国展開するファーストリテイリングを見ていきましょう。

ファーストリテイリングの決算期は8月という、少々変わった時期にやってきます。多くの総合小売業(イオン、イトーヨーカ堂、セブン-イレブン・ジャパンなど)の決算期が2月に集中していることからすると、1年の中では閑散期と言われる2月と8月に小売業は決算期を合わせているとも言えます。ちなみに米ウォルマート・ストアーズの決算期も12月のクリスマス&年末商戦を避け、1月にやってきます。 さて、ユニクロと言えば、低価格、良品質、かつ豊富な品揃えが、まず思い浮かびます。また、広い店舗、子供服やインナーなど年齢層や商品構成の拡大、海外ブランドの獲得、グローバル店舗進出など新たな事業展開の話題が、新聞・雑誌で数多く取り上げられています。こうしたユニクロのビジネスの基盤とダイナミックな変化は、財務諸表にどのように表れているのでしょうか。

例によって、ファーストリテイリングのイメージを、財務諸表上の言葉にすることから始めてみます。

  • ユニクロの商品は何といっても低価格。よって、売上総利益率は低いはず。食品を中心とする小売業の同比率は通常20%台にあることから、アパレルの特性を考えてせいぜい30%程度では?
  • 一方、大規模な店舗展開に伴う家賃、人件費、広告宣伝費などが嵩むので、販管費はそれなりに大きいはず。営業利益率で5%程度と想定すると、販管費は売上高の25%程度か? 
  • 積極的な店舗展開や、海外ブランド&企業への投資には莫大な資金が必要となるはず。店舗に相当する有形固定資産や長期保有の株式を多く抱えており、これらは自己資本だけではまかなえないので、銀行借入れも結構多いのではないだろうか?
  • ロンドンへの進出失敗や野菜事業の撤退など、事業多角化には必ずしも成功していない印象がある。こうした失敗はPLやBSをかなり痛めているのではないだろうか?
  • 一般消費者を顧客とする小売りなので、売掛金はほとんどないはず。一方、小売業では在庫は数多く抱えざるを得ないので、これも資金繰りを悪化させる要因になっているはず?

では、ファーストリテイリングの2005年8月期の連結損益計算書(PL)と連結貸借対照表(BS)を見てみましょう。先に結論を述べると、上記の5つのポイントはすべてどこかに誤った仮説が入っています(^^)。

■連結損益計算書と連結貸借対照表

ファーストリテイリング 損益計算書と貸借対照表
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損益計算書(PL)

1.  ファーストリテイリング(以降ファストリ)の2005年8月期売上高総利益率は、実に44.3%に上ります。イトーヨーカ堂(単体)のアパレル事業の同比率が39.6%(2005年2月期)、イオン(単体)が33.3%であることと比較しても、ファストリの同比率が大きくリードしていることが分かります。3社のアパレル事業の売上規模が概ね3~4千億円台にあることから、ファストリの高総利益率は、規模の経済などによるものではなく、同社の商品付加価値(仕入原価に対する高販売価格の実現)によるものと評価できます。それでも、2004年8月期の同比率48.0%からは3.7%も下落しています。この主な要因は、仕入原価の高騰によるものではなく、動きの悪い商品の早めの値下げ処分を進めたことにあります。

2.  売上高販管費率は2年続けて29%台と、安定した推移を示しています。店舗の増設(2005年8月期は、直営店69店舗出店し、31店舗閉店)などから売上高は前年度比で12.9%増加した中で、販管費の各項目も売上高比で概ね同水準の増加を示しています。上位三科目は、給与手当315億円(売上比8.2%)、地代家賃221億円(同5.8%)、広告宣伝費202億円(5.3%)です。店舗が賃貸中心であることや、ユニクロのTVコマーシャルはそれ程多く見ないものの、毎週末織り込まれるチラシ広告は相当額に上っていることが思い浮かびます。

3.  この結果、営業利益率は総利益率の前年度比下落率とほぼ同じ下落によって、14.7%(前年度は18.8%)となりました。薄利多売が常となる小売業界において、アパレル専門店とは言え10%の営業利益率を誇るファストリは、類まれな高収益企業と評価されるべきでしょう。営業利益の額も566億円(前年度は639億円)に及び、これは第3回で見たヤフー(2005年3月期)の600億円にも匹敵する額です。ただし、ファストリが営業最高益を達成した2001年8月期の同利益1,020億円と比べると、その規模は半分程度にまで落ち込んでいるのが現状です。

4.  ファストリの支払利息はわずか3億円に過ぎず、その2倍以上の8億円弱の受取利息があることから、実質無借金会社であることがPLからも想像できます。その他の営業外の動きも微々たる金額のものばかりです。唯一持分法による投資利益が10億円を超えていますが、これはブランド名「Theory」他を手がける持分法適用関連会社㈱リンク・セオリー・ホールディングスの株式持分相当の利益計上によるものです。

5.  特別損失が66億円に及び、当社としては若干大きな金額に見えます。しかし、内容は連結調整勘定(買収に伴うもの)42億円、商品評価損15億円など、事業遂行上ある程度不可避なものとも言えます。ロンドン進出や野菜事業などでの失敗によって主にもたらされた、関係会社事業整理損、リース中途解約金、持分法による投資損失などの特別損失科目は、今年度は無くなりました。柳井代表取締役会長兼社長が「一勝九敗」(新潮社)というタイトルの書籍を執筆されているように、今後も九敗に相当する部分は特別損失として様々な損失が現れる可能性は否めません。九回負けても、大きな一勝をしたファストリは、十分な純利益率8.8%を達成しているということです。

 

貸借対照表(BS)

1.  ファストリの総資産は2,728億円なので、売上高の3,839億円から、総資産回転率が1.4倍と算出されます。小売業は現金商売なので、売上債権は膨らまないこと、基本的に店舗は賃貸なので有形固定資産は多く持たないこと、そして「薄利多売」の言葉が表すようにできるだけ売上の規模を大きくすることで利益を確保していくモデルであることから、小売業の総資産回転率は通常1倍を超えるものです。

2.  総資産2,728億円の内、手元流動性(現預金+有価証券)が1,210億円に達し、総資産の実に44%に及んでいることが分かります。総資産の過半数を超えていた第3回のヤフーほどではないですが、それに匹敵するほどのキャッシュリッチ企業であることが分かります。

3.  キャッシュリッチ企業であるひとつの要因は、運転資本の分析によって解明します。当社の運転資本における主要科目の回転期間は、売上債権(3.7日)、棚卸資産(53.3日)、仕入債務(67.0日)と計算できます。よって、運転資本=3.7日+53.3日-67.0日=-10日となり、ビジネスのサイクルからも10日分のキャッシュが生み出されることとなります。売上高3,839億円の10日分は100億円超に相当し、当社の潤沢なキャッシュフローの一翼を担っています。

4.  持たざる経営の小売業は、有形固定資産が少ない代わりに、店舗開発と賃貸に伴う敷金、保証金、建設協力金といった勘定が膨らむ傾向にあります。ファストリは、有形固定資産186億円の2倍超に相当する423億円のこうした勘定を保有しています。もちろん、有形固定資産は工場ではありません。ファストリは製造小売業(SPA)であり、その財務諸表はあくまで小売業のものなのです。

5.  株主資本比率66.8%、利益剰余金/株主資本比率が67.5%、有利子負債/総資産がわずか1.8%の水準にあることから、ファストリは財務体質が非常に健全な状態にあり、実質無借金企業であることが分かります。「積極的な店舗展開と、それに必要となる資金を借入れで調達」という仮説は見事に否定され、「本業の高い収益性によって蓄積された十分な内部留保と運転資本からのキャッシュフローの創出、さらに持たざる経営による店舗展開から、実質無借金の超健全企業」という結論が導かれました。

 

【今後の注目】

2010年に売上高1兆円の目標を掲げ、2005年7月に社長に復帰した創業者柳井会長兼社長の下、ファーストリテイリングは継続的な新規店舗の増設に加えて、海外ユニクロ店舗の拡充、海外企業やブランドの買収を進めています。また、2005年11月1日を期日として、持株会社体制への移行を予定しています。この組織変更について当社は、

『持株会社制への移行後の持株会社「株式会社ファーストリテイリング」を中心とする当社グループが今後、経営監視機能の強化によりグローバル企業グループに相応しい体制へと移行すべく実施するものです。本件により、当社は、革新性を持つスピード経営を実現すると同時に、相互牽制が有効にはたらく統治機構の確立を目指してまいります。』

 と語っています。アパレルとグローバル化・・・、一見関連性は薄いようにも思えます。アパレルに限らず、多くの業界で「日本と海外では、消費者は異なるもの」、「海外企業の商品/製品は、日本の消費者の嗜好には合わない」、「日本で市場シェアを持っていれば、大きな問題はない」といった声も聞かれる中で、グローバル経営の視点から常に英断を下す柳井氏は、真のグローバル経営を実行する経営者の一人と言えるのではないでしょうか。

 しかし、一勝九敗の一勝が2001年以降は必ずしも絶好調とはいえない状況が続く中、M&Aと海外展開を中心としたファストリのグローバル&ブランドの拡大経営が注目されます。その時に新たな資金調達と潤沢なキャッシュフローの使用目的も解明されることとなるでしょう。

 

 

シリーズ 財務諸表から見える企業

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