第1回目の製造業のトヨタ、第2回目の小売業のイトーヨーカ堂、第3回目のインターネットサービス業のヤフーを経て、第4回目は、再び製造業に戻り、花王を見ていきます。

花王というと、どんなイメージが真っ先に思い浮かぶでしょう? 洗顔料のビオレ、ニベア、シェービングローションのサクセス、花王石鹸、シャンプーのメリット、エッセンシャル、衣料用洗剤のアタック、ハンドケアのアトリックス、クイックルワイパー、食用油のエコナ、制汗・デオドラントの8×4、歯磨き粉のガードハロー、クリアクリーン、入浴剤のバブ、そしてヘルシア・・・・・等々。おそらくこうしてブランドを聞くと、「えっ、それも花王だったの」という位、会社としてよりも、ブランドのイメージの方が強く浸透しているはずです。例えばこのことから、どんな決算書の仮説が立つでしょうか・・・? 

それでは、花王について持っているイメージ、そしてそのイメージが具体的にどのような姿で決算書に現れているか、いつものように想像することから始めましょう。

  • 上記の各ブランドを聞くと、それぞれのTVコマーシャルの音楽や、タレントが思い浮かぶ・・・。きっと販管費の中の広告宣伝費は、相当使っているのではないだろうか?
  • トヨタの粗利益率は約20%だったけど、花王は同じ製造業でも、自動車業界ほどは、モノ造りの原価がかからないはず?それでも、デフレの影響を諸に受けるのも家庭用品かも。ドラッグストアでも、洗剤や歯磨き粉は、目玉商品に必ず使われているし。モノ造りの安さと、販売価格の下落のどちらが勝っているか・・・? 
  • 花王は増収増益の連続記録で、良く取り上げられる企業のひとつ。過去の利益が相当蓄積されているはず。必然的に無借金経営に近いのでは?最近話題の株主還元に関する方針は、何か表面しているのだろうか?
  • 花王の資産は何が多いだろうか? トヨタのような有形固定資産や、金融債権、投資有価証券? イトーヨーカ堂やヤフーのような現預金? 或いは、多数の商品を扱い、広く小売店に流すことから、ビジネス周りの売上債権や、たな卸資産がそれを上回るほどの規模かも?
  • 花王と言うと、国内に特化したビジネスを展開しているはず。したがって、グローバル企業トヨタにあった、為替差損益や為替換算調整勘定のような項目はないはず?

では、花王の2005年3月期の連結損益計算書(PL)と連結貸借対照表(BS)を見てみましょう。

■連結損益計算書と連結貸借対照表

花王 損益計算書と貸借対照表
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損益計算書(PL)

1.  花王の2005年3月期は4期連続の増収、15期連続の営業利益増益、24期連続の経常利益増益、そして7期連続の純利益増益と1株当たり純利益(EPS)増益でした。特に驚くのは、24年間続いている経常増益で、この連続記録は、他を大きく引き離して国内第1位です。スタートはバブル経済の絶頂、プラザ合意の前の1982年3月期です。その後起きた、バブル崩壊、湾岸戦争、失われた10年、デフレ経済、米国テロ、金融再編・・・。これらすべてを見続けて、24期連続の経常増益を実現した花王は賞賛に値すると同時に、いかなる企業も外部環境を言い訳にはできないようにさえ思わせます。

2.  花王の売上高は9,368億円、これは前年度比で3.8%の成長に相当します。2006年3月期の当社予想は、9,600億円なので、2.5%成長に減速の予定。家庭用品でのデフレ傾向は、未だ続いているようです。売上総利益率は、製造業の中でも56.8%という比較的高い値を示しています。売上原価の中身を売上比で見ると(本ページ上にはデータ添付なし)、材料費や労務費などが原価に占める比率が、自動車業界に比べるとやはり少なく、製造自体にそれ程の付加価値を見出しているわけではないことを示しています。

3.  PLの最大の特徴は、販管費の大きさ(43.8%)とその中身にあります。販管費の勘定を大きい順に並べると、広告宣伝費(9.0%)、給料手当・賞与(7.3%)、荷造発送費(5.4%)、研究開発費(4.2%)、拡売費及び販促費(3.9%)です。つまり、マスの広告に巨額のお金を使い、これを人海戦術(販社)でサポートし、一方付加価値の高い製品開発のための研究開発も惜しまないこと。また、拡売費及び販促費と言った、末端の小売店へのリベートを供与していることが見えてきます。花王は自社で強力な販社(花王販売)を、当連結決算書内に抱えているため、卸に対する販売奨励費などが少ない(その他に若干存在すると想定)ことも特徴です。競合のライオンの直近決算を見ると、販売奨励費に売上の4.1%、販売促進費に同19.0%を使っています。チャネル展開に置いて、自前の花王と卸委託のライオンの姿が、販管費の各数値の違いとなって現れています。

4.  売上原価43.2%、販管費43.8%の構成で、売上高営業利益率13.0%を達成しています。営業利益率10%超は、日本ではひとつの優良企業のベンチマークとして見られることが多いですが、価格競争になりがちな家庭用品市場を主とする当社がそれを実現しているのは立派です。前年度(本ページ上にはデータ添付なし)と比べると、デフレの更なる進行から、原価率が昨年比で上昇しているものの、高付加価値新製品の成功によって、原価率の大幅な下落を食い止めると同時に、売上成長によって、売上高販管費率は、前年度比で1.1%の改善を見せています。営業外損益、特別損益には目立った勘定がありません。堅実経営の花王であるからこその事実で、これも連続増益記録を更新し続ける花王に大きく貢献しています。

5.  「花王=国内事業に特化した企業」と考えるのは、もはや誤り。国別セグメントを見ると、売上高の3割近くは海外で稼いでいることが分かります。為替差損益(PL)や為替換算調整勘定(BS)のような勘定も見られます。でも良く見ると、営業利益では海外の貢献は1割弱、資産効率性(ROA、総資産回転率)でも、軒並み国内に比べて大きく劣っています。中でも、3地域で最も売上の大きいアジア市場の低迷は厳しいようです。2%台の営業利益率、3%台のROAは、花王の全体の指標を押し下げており、今後の改善が強く望まれていくところでしょう。

花王 地域別セグメント

 

貸借対照表(BS)

1.  総資産回転率(売上高/総資産)が1.36倍あり、これまでのトヨタ(0.78倍)やヤフー(0.90倍)と比べても、その大きさが目を引きます。業界が異なるので単純な比較は出来ないものの、これまでの「儲かっている⇒手元流動性が多い⇒資産効率が鈍く見える」というストーリーとは、若干異なる様子です。

2.  BSの調達サイドから見ていくと、株主資本比率は65.1%と非常に高い値を示しています。有利子負債も長短合わせて227億円ありますが、手元流動性(現預金と有価証券を合わせて724億円)を十分に下回る金額なので、実質無借金会社と言えるでしょう。それでも724億円と言う手元流動性の金額は、花王の売上のほぼ月商に留まり、トヨタ、イトーヨーカ堂、ヤフーのどれと比べても、最も手元流動性が少ない(資産効率が良い)という肯定的な評価ができます。

3.  その最大の理由は、花王が掲げる積極的な株主還元策にあります。花王はこれまで連結配当性向30%(2005年3月期実績は、29.0%に相当する192億円)を目処とした配当方針、そして機動的な自己株式の取得(2005年3月期実績716億円)を行ってきました。2005年の株主還元総額908億円(192億円+716億円)は、純利益の126%、直近の株式時価総額の6%超に相当する、非常に大規模なものです。こうしたことから、花王のROEは継続的な上昇を続けており、2005年3月期には16.1%にまで達しました。更に花王は2006年3月期以降、配当性向を40%程度にまで高めることを、新たな目標として表明しています。

4.  資産サイドに目を向けると、流動資産よりも固定資産、固定資産の中では有形固定資産が最も大きい(総資産の35.9%)ことが分かります。逆に投資有価証券はそれ程大きくは無いことから、事業投資は子会社化が中心であること(関連会社は13社のみ)、株式持合いが比較的少ないことなどが想定されます。固定資産が多いといっても、固定比率(固定資産/株主資本)で90%を切っており、ベンチマークとなる100%を十分に下回る安全性を保有しています。

5.  流動資産で大きい勘定の2つは、受取手形及び売掛金(売上高の40.3日分)とたな卸資産(売上原価の73.7日分)です。販社が連結内にあることから、たな卸資産がある程度膨らむのは致し方ないとして、売上債権は40日に抑えられており、効率的な債権回収が行われていることを示しています。流動比率(流動資産/流動負債)で136.7%、当座比率(当座資産/流動負債)で82.1%あり、それぞれの一般的なベンチマーク(120%、80%)を、過剰ではない水準で上回る健全な姿を示しています。

 

【今後の注目】

花王はEVAという、資本調達コストの概念を考慮した経営指標を用いています。ここまで見たようなバランスシートの徹底した効率化には、着実にこの概念が浸透しているように思われます。現預金、売上債権、たな卸資産、投資有価証券など、どれもが過去と比較すると、確実なる効率化が進んでいます。その結果として、継続的なROEやROAの上昇に結びついています。

一方、景気の順調な回復にもかかわらず、デフレ傾向が止まらない家庭用品市場にあり、花王の売上や利益の成長鈍化が止みません。高付加価値製品の投入などが、利益率の維持に貢献しているものの、M&Aなどによる思い切った打開策も望まれつつあるところです。ここ3年ほど3,000円以下に低迷している株価の動きにも注目していきましょう。

 

 

シリーズ 財務諸表から見える企業

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