イトーヨーカ堂


第1回目では製造業の雄、トヨタ自動車を取り上げました。第2回目の今回は小売業界の雄、イトーヨーカ堂を見ていくことにしましょう。小売業のトップはイオンでは?と思った方、確かにダイエーを抜き去り、現在、小売業界の売上トップにあるのはイオングループです。でも、利益水準や株式時価総額ではイトーヨーカ堂には及びません。「企業価値の向上」が声高に叫ばれる昨今、日本国内の小売業界の雄は、現在のところイトーヨーカ堂としておきましょう。 さて、前回と同様に、すぐに決算書を見る前にイトーヨーカ堂について知っていることを言葉にしてみてください。そしてそれが具体的にどのように決算書に表れるのか、仮説を立ててみましょう。

例えばトヨタ自動車・・・、と言えば皆さんはどのようなイメージを持っているでしょうか?

  • 小売業って1円単位で安売りしているし、薄利多売なんて言葉もあるくらいだから、さぞ利益率は低いのだろうな。トヨタのPLは、「20%の粗利⇒10%の営業利益(又は経常利益)⇒税金4割支払って純利益6%台」であったけれど、イトーヨーカ堂はその半分ずつ位かな?
  • 小売業と言えば現金商売。だからトヨタのような売掛金や受取手形はほとんどないはず? 逆に全国に展開する店舗網からして、在庫や買掛金はそれなりの金額を持っているのでは?
  • 最近の当社の決算について、「本業不振、連結好調」という記事を新聞で見たけど、これってどういうことだろう?
  • セブン-イレブン・ジャパンはイトーヨーカ堂の子会社なはずだけど、それはどのように連結決算書に表れるのだろう?
  • アイワイバンク銀行の設立をはじめとして、金融事業に力を入れているようだけれど、全体へのインパクトはまだ大したことないのかな? それともトヨタの金融事業(20%超)のように、連結ベースでの利益貢献は既に大きいのかな?

トヨタ自動車のイメージがすんなりと決算書の仮説にはつながらないかもしれませんが、回を重ねていけば徐々に慣れていくことでしょう。大事なことは正解を追い求めることではなく、自分なりの結論を持つことです。合っていれHappy、間違っていれば新しいことをひとつ学んだことになり、これまたHappyです。

では、イトーヨーカ堂の平成17年2月期の連結損益計算書(PL)と連結貸借対照表(BS)を見てみましょう。

■連結貸借対照表(BS)、連結損益計算書(PL)
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連結損益計算書と連結貸借対照表(イトーヨーカ堂)

■損益計算書(PL)

1. PLのトップラインにある「営業収益」とは、連結決算におけるすべての営業収入の合計です。その金額が、「売上高」の3兆2,009億円と「その他の営業収入」の4,225億円を足した、3兆6,235億円であることが確認できます。意外と少ないと思いませんか?セブンイレブンの全店の売上だけで、実は2兆5千億円近くあります。そうすると、イトーヨーカ堂全店では1億円前後しか売上がないことになってしまいます。これは何かがおかしいはず?

2. セブンイレブンはイトーヨーカ堂がその株式を52%保有する子会社なので、イトーヨーカ堂の連結決算にはPL、BS共にセブンイレブンの数値が加算されてきます。ところが、セブンイレブンの収入の大部分は直営店での売上ではなく、実はFC加盟店からのロイヤルティ収入となっています。当該期ではこれが3,436億円でしたが、この金額は連結PL上、「売上高」ではなく、「その他の営業収入」に計上されています。FC加盟店からのロイヤルティ収入は、言わば手数料なので、売上というより、実質的には売上総利益に相当します。ですので、後で売上原価とぶつけて粗利益を計算する「売上高」ではなく、「その他の営業収入」に含めるわけです。金融事業についても同じような扱いをします。

3. トヨタの「20%の粗利⇒10%の営業利益(又は経常利益)⇒税金4割支払って純利益6%台」に対して、イトーヨーカ堂は「30%弱の粗利⇒6%半ばの営業利益(又は経常利益)⇒特損が多くて純利益0.5%」となっています。粗利が意外と多いのは、食料品の粗利は20%台前半と低いのですが、アパレルの粗利が40%前後にあるためです。特別損失には減損損失と事業構造改革費用(在庫処分など)が合計473億円も計上されており、これによって当期純利益が大幅に落ち込んでいます。

4. イトーヨーカ堂のように、様々な異なる事業をグループ内で行っている場合には、全社合算の数値を見ていてもなかなか特徴がつかめません。そこで必須となるのがセグメント情報の分析です。各社のホームページ上からダウンロードできる有価証券報告書や決算短信には、セグメント情報と呼ばれるページがあります。そこを見ると、企業ごとに定めた事業セグメント別の、売上高、営業利益や資産の情報を知ることが出来ます。イトーヨーカ堂では、以下の5つの事業セグメントを定義しています。

イトーヨーカ堂 収益セグメント

5. 営業収益(=売上)、営業利益、資産のすべてにおいて一番大きいセグメントはコンビニであることが分かります。ただし、先ほどのセブンイレブンの営業収益3,436億円と比べると、今度は1兆8,058億円という、随分大きな営業収益になっています。これは、米国連結子会社の7-Eleven, Inc.については、米国財務会計基準に従って、末端のFC加盟店での売上をそのまま連結決算上で認識しているためです。何ともややこしい話しですが、ここからの示唆は、「その会社、或いは事業にとって、何が売上高なのか」を最初に、かつ正確に捉えなくてはいけないということでしょう。こうした情報も有価証券報告書などには記載されています。

6. セグメント情報をそのまま眺めているだけでは、なかなか本質的なところは見えてきません。そこで登場するのが諸々の会計指標の計算です。セグメント情報から、以下のような指標を計算することができます。

イトーヨーカ堂 セグメント

  • 営業収益ではスーパーとコンビニが二大事業です。ただし、ここまで見てきたように、国内のセブンイレブンの売上はFC加盟店からのロイヤルティ収入です。仮に、FC加盟店と直営店の区別なく、セブンイレブン全店での売上を用いれば、その構成比は、はるかに大きくなるはずです。
  • 営業利益ではコンビニが9割以上の貢献をしています。スーパーの営業利益は、規模の小さいレストランと金融の両事業から来る営業利益合計より少なく、わずか78億円となっています。ここに、「本業不振、連結好調」の由縁があります。
  • ROAと売上高営業利益率ではコンビニが突出して優れています。ROAについては、セブンイレブンのFC加盟店が保有する資産が計上されていないこと、売上高営業利益率については、売上高が実質的な売上総利益に相当するFC加盟店からのロイヤルティ収入であることも大きな要因です。「コンビには儲かっている」と結論付ける前に、「コンビニのPLとBSの作り方からして当然」と、まずは考えるべきでしょう。

■貸借対照表(BS)

1. 前回のトヨタ同様、まずは総資産回転率から見ていきます。セグメント情報の最後の行にあるように、連結ベースの総資産回転率は1.41倍です。また、セグメント別に見ても、スーパー、コンビニ、レストランはどれも1.5倍を超えているのに対して、金融事業では0.13倍という非常に低い水準にあります。スーパーやコンビニ、或いはレストランでは、店舗の多くを賃貸によって調達するため、BSが巨大化しない一方、薄利多売で拡大を目指すため、売上高は大きく膨らみます。その結果、総資産回転率は1.5~2倍程度になることが通常です。一方、金融事業の最大の特徴は顧客から調達した預金などがBS上に計上(資産に現金、負債に預金)されるため、資産規模が膨らむことです。よって、金融事業の総資産回転率が、イトーヨーカ堂では0.13倍という非常に低い水準にあります。

2. BSの左側を見ると流動資産が41.1%とあります。その6割以上を占めるのは現預金です。なぜ現預金がこんなに多いのか。その答えはBSの右側を見ることで解読できるので、後で試みてみましょう。仮説で立てた、「少ない売上債権(受取手形及び売掛金)」、「多い在庫」は、なるほどそのように見えてきます。「現金商売=貸倒引当金が少ない」のも小売業の特徴です。724億円の売掛金は、売上高の8日分に相当します。小売りなので0日では?と思ったかもしれませんが、クレジットカード会社との決済に要する日数、一部の法人取引などもあるはずです。また5つ目のセグメントにあった「その他の事業」には出版や不動産、サービス事業など、法人相手の取引が多い事業(売掛金や受取手形が発生し易い)も、グループ内で行っています。

3. 58.9%の固定資産は、32.6%の有形固定資産、5.8%の無形固定資産、20.5%の投資その他の資産合計に分かれています。有形固定資産の中で金額が大きい、建物及び構築物、土地は、店舗に関するものですが、それと同規模の額が投資その他の資産に含まれている長期差入保証金です。これは賃貸にかかわる保証金で、この金額が大きいのも小売業の特徴と言えます。

4. では現預金がなぜ多いのかをBSの右側を見ながら解読していきましょう。大きい金額から順番に並べると、利益剰余金(9,836億円)、支払手形及び買掛金(2,500億円)、そして流動負債の中にある「その他」(1,772億円)です。このことから、

  • 利益剰余金が多い⇒過去の利益の蓄積が潤沢であり、これを手元現預金として保有している
  • 仕入債務が多い⇒メーカーや卸業への支払いまでに、手元に現預金として滞留する時間が長い
  • 流動負債の中にある「その他」が多い⇒これは、アイワイバンク銀行が保有している預金を中心とするもの(直近で預金が1,400億円程度)

5. セグメント情報からの会計指標を振り返ると、PLとBSから算出するROA(営業利益ベース)は8.2%でした。日本の非製造業のROAは4%台前半なので、一見非常に資産収益性の良い会社に見えます。ところがこの数値のほとんどはコンビニ事業のROA 17.1%から来ており、その他の事業セグメントは軒並み低いこと、さらにコンビニ事業の総資産(ROAの分母)には、セブインイレブンのFC加盟店が所有する資産が入っていないことから、ROAは必然的に大きい数値となります。小売業界の間で比較などを行う場合には、注意する必要があります。

 

【今後の注目】 

ちょうど本原稿を準備している時に、イトーヨーカ堂グループの純粋持ち株会社「セブン&アイ・ホールディングス」への移行が発表されました。イトーヨーカ堂としての連結決算は、奇しくも上記の2005年2月期が最後となります。ここまでの解説に目を通していただいた後では、なぜ純粋持ち株会社への移行を行ったのか、明らかとなるでしょう。イトーヨーカ堂本体と、セブンイレブンの利益水準がこれだけ違うことが、そのまま株式時価総額に反映されていました。ちょうどフジテレビとニッポン放送の関係と同じ状況に陥っていた訳で、資本関係のねじれを解消するための措置と言えます。純粋持ち株会社の名称が、「I&Y」や「アイ&セブン」ではなく、「セブン&アイ」であることに、とくに興味深く感じました。

さて、イオンが有利子負債の調達によって、過去に積極的に店舗展開やM&Aを進めたのに対して、潤沢な手元現預金をやや持て余している感のあったイトーヨーカ堂です。ところがここに来て、これまで必ずしもM&Aには前向きでなかった当社がダイエーの再建に名乗りを挙げたことは、驚きでした(結局丸紅グループが選ばれましたが)。さらに、イオンの専売特許であるショッピング・センター事業への本格的算入、金融事業の更なる拡大など、これまでにない積極果敢なイトーヨーカ堂が現れ始めています。これは裏を返せば、本業不振が今後も数年は継続するであろうことへの対処策とも見えてきます。当社の今後の戦略の変遷と共に、決算書や事業セグメント構成がどのように変化していくのか、注目していきたいところです。

 

 

シリーズ 財務諸表から見える企業

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