第5回目では、総合商社の三菱商事を見ていきましょう。

三菱商事と聞いて、最初に思い浮かぶことはどんなことでしょうか? これまで扱った製造業や小売業と比べると、若干イメージがつきにくいかもしれません。それこそが、商社(=ビジネスの仲介)の機能であり、商社の付加価値の源泉とも言えます。一方、昨今の商社と言えば、ビジネスの仲介だけではなく、自ら事業会社を設立、或いは資本参加し、様々な異なる事業を営んでいます。言わば、日本版の複合企業(コングロマリット)とも言える総合商社の雄、三菱商事の財務諸表を見ていくこととしましょう。

例によって、三菱商事のイメージを言葉にすることから始めてみます。

  • 様々な事業を営む三菱商事の売上高は、エネルギーや金属など、その取扱商品の特性からしても、相当な規模に達しているはず・・・。その規模は、売上高の国内トップ企業、トヨタ自動車(2005年3月期で18兆5千億円超)に匹敵する程なのでは?
  • 一方、仲介事業が主となれば、薄利多売が基本。と言うことは、各利益率はトヨタに比べても、かなり小さくなっているのでは? また、商社の源泉は「人材」とすれば、販管費の中では、人件費がもっとも大きい金額となっている? 
  • 仲介機能だけでは無く、自ら事業会社を運営する比重も増加しているはず。そうした事業会社を、子会社として保有しているのであれば、売上高そのものが拡張していくし、関連会社として保有していれば、多額の持分法投資利益が営業外収益の中に発生しているはず?
  • 商社の保有資産として、巨額にのぼると想像されるものは、そうした事業投資に関する投資有価証券と、販売活動から生じる多額の売上債権? 逆にメーカーや小売と比べると、在庫や有形固定資産は、比較的少ないはず?
  • いずれにしても商社の事業モデルは薄利多売が基本であり、PLとバランスシートでは、PLの規模が圧倒的に勝る、即ち総資産回転率(売上高 / 総資産)が、かなり高いのでは?

では、三菱商事の2005年3月期の連結損益計算書(PL)と連結貸借対照表(BS)を見てみましょう。

■連結損益計算書と連結貸借対照表

三菱商事 損益計算書と貸借対照表

損益計算書(PL)

1.  クイズです。次の2つのうち、三菱商事の売上高はどちらでしょうか?

① 17,132,704 百万円
② 4,145,884百万円

おそらく大部分の方が、①の17兆円と答えるでしょう。正解は、両方です。否、厳密に言うと、実は②の4兆円が正解です。三菱商事のPLを見ると、売上高は、以下のように区分されています。

三菱商事 売上高区分

それぞれの売上高(収益)に関する、有価証券報告書上での説明を記述します。

商品販売及び製造業等による収益

当社は、商品販売、製造業及びその他の事業において収益を得ております。製造業及びその他の事業は、主として連結子会社で行われております。

(i) 商品販売 当社は、自らが契約当事者となり在庫を保有し、商品の売値と買値の差額を損益として計上する様々な商取引を行なうことにより収益を得ております。
(ii) 製造業 製造業には、電化製品、金属、機械、化学品、一般消費財等、多岐に亘る製品の製造や、資源開発が含まれております。

売買取引に係る差損益及び手数料 当社は、契約当事者あるいは代理人として関与する様々な商取引に関する手数料収益を得ております。これは、商取引において顧客の商品売買のサポートを行い、その対価として手数料を得ているものです。

つまり、は、商社が自ら事業会社を運営する部分、は、昔からの仲介の役割で、私たちが通常商社に抱く、最初のイメージの部分です。そして、の売上高が、わずか6,000億円超に過ぎないのは、仲介によって関与した取引高を売上としているのではなく、実質的な儲けである手数料を売上高としているためです。米国会計基準を採用している三菱商事をはじめ、大手総合商社5社はすべてこのような売上高計上を行っています。2005年3月期決算において、総合商社で売上高トップとなったのは、日本会計基準を採用している双日でした。このことから、「何がその企業の売上高なのか」を知ることは、PLを見る上で、実は最初にしなくてはいけないことであることが分かります。

2.  売上高が実質的に利益となっているので、必然的に各利益率は、「薄利多売」どころか、高収益企業に見えてきます。売上高総利益率は21.2%、売上高税引き後純利益率で4.4%を示しています。また、単独財務諸表を見ると(本ページ上にはデータ添付なし)、人件費関連は、販管費の55%を占める、一大費用であることが確認できます。

3.  仲介機能では無く、三菱商事が自ら運営する事業会社の姿も、PL上から読み取ることができます。まず、連結子会社を中心として運営する事業は、売上高が3兆5千億円、売上原価が3兆2千6百億円で、売上総利益が約2,500億円(売上高総利益率は7.1%)であることが分かります。様々な製造業と商品販売業のトータルなので、判断は難しいところですが、粗利益率での7%は、これまで見てきた製造業や小売業と比較しても、決して賞賛に値するような水準ではありません。一方、持分法投資利益は、970億円計上しており、これは税引き前利益2,097億円の46%にまで相当する大きな金額となっています。米国会計基準の場合、持分法投資利益は、営業外収益ではなく、当期純利益の一行手前と言う、最後の行に出てくるので、見落とさないようにしましょう。

4.  支払利息は受取利息との相殺後の数値が記述されていますが、17億円と意外に少額です。後ほどバランスシート上で、有利子負債同様に、手元流動性資金を多く持っていることを確認しましょう。有価証券損益が630億円のマイナスとなっているのは、ローソン宛出資に係るのれんの減損や、上場有価証券評価損を大幅に計上したことに起因しています。言わば、事業投資を行なう過程での、追加の損失の発生と言えます。

 

貸借対照表(BS)

1.  多数の異なる事業を営む総合商社こそ、事業セグメント情報を見ることで、各事業の特性をつかむことが重要であり、またそれをつかむことで、全社視点での事業構成の力点などが見えてきます。尚、セグメント情報の中では、売上高は取引高ベースでの17兆円を用いています。

三菱商事 セグメント
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セグメント情報から算出できる9つの各指標について、6つのセグメントの内、それぞれの上位3位に位置するものを、黄色で塗りました。最も黄色がついたのは、生活産業と金属です。同時に、金属は資産効率性、生活産業は収益性において、他事業に劣る結果となっており、これが業態の特徴なのか、当社の特徴なのかを、更に見ていくと良いでしょう。逆にもっとも黄色の少ないのは、新機能事業と化学品です。新機能事業はその特性上、全社に占めるインパクトが薄いのは必然と言えるでしょう。 化学品は市況の高騰から、当期は大幅増益を達成しましたが、それでも三菱商事の中での純利益構成比は、8.1%にとどまっていることが分かります。

2.  既に見たように、仲介機能からの売上高は、取引高ではなく、手数料です。一方、三菱商事は総資産として9兆千5百億円保有しており、総資産回転率は、0.45倍という、非常に小さな値が算出されます。商社に抱く、「薄利多売」、「持たざる経営で高回転ビジネス」といったイメージとは裏腹の、財務諸表であることが判明しました。

3.  資産サイドでは、営業債権を3兆円弱、投資及び長期債権も3兆円弱の、合計6兆円弱保有していることが分かります。総資産の実に6割以上を、商流から発生する営業債権と、投資有価証券関連が占めており、商社のお金の使いどころが明確に現れています。それに続くのが、有形固定資産の1兆2千億円、現預金や短期運用資産といった手元流動性の9,000億円、そして棚卸資産の6,600億円です。

4.  株主資本比率は16.4%なので、日本国内の平均値の半分程度です。ただ、この低さが幸いして、ROEは13.4%という、トヨタ自動車並みの高水準に達しています。有利子負債は4兆1千億円に達しており、これは国内でも4番目に多い水準ですが、手元流動性も潤沢なので、実質的な借金はもう少し、少ないと判断すべきでしょう。営業債務も2兆2千億円に達しているので、営業債権との金額差は、7,600億円(総資産の8.4%)にとどまっています。こうして見ると、見栄えほど、三菱商事の バランスシートは、膨らんでいないと言うこともできます。

 

【今後の注目】

売上高が取引高ではなく、手数料ベースで記述されることとなり、PL上で「規模」を誇ることのできなくなった総合商社です。米国会計基準で、いち早くこうした会計基準が導入されたのは、売上高の水増しによる粉飾決算が多発したことにその背景があります。日本の総合商社にとっては、売上高の規模ではなく、名実共に、実の利益で優劣を評価される時代になったと言え、これまで以上に、収益性の追求が厳しく問われるきっかけともなるでしょう。

売上高が手数料となったため、PLのみから計算される各売上高利益率の数値は向上したものの、ROA(税引き後利益率ベース)では、相変わらず2.1%という低水準にあります。投資家の視点に立てば、9兆円もの資本を投入したビジネスとして、決して投資効率に優れているとも言えないのが実情です。市況の高騰という要因が失われたときに、仲介機能と事業投資の本業において、真の実力が試されることとなるでしょう。

 

 

シリーズ 財務諸表から見える企業

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