第10回目は、キヤノン同様に12月決算の楽天を見ていきます。

株式時価総額1兆円を超える楽天を、今や粉飾決算が決定的となり、時価総額がピーク時の1/10の800億円となったライブドアと比較することは、楽天に対して失礼な話かもしれません。しかし、比較することでライブドアとは異なる楽天の強さや、ライブドアと同種の経営課題もきっと見えてくるはずです。ライブドアの決算書は、粉飾によって売上高と利益が過剰計上されていたので、比較自体に意味が無いという考えも十分認識した上で、敢えて楽天と、粉飾という手段までを使ってライブドア経営陣が作り上げたかった「架空ライブドア社」の比較を一緒に試みていきましょう。

楽天のイメージを、メディアが毎日のように取り上げて我々にも馴染み深い「架空ライブドア社」との比較を通して、決算書上の言葉にすることから始めてみます。

  • ライブドアとの類似点としてまず思い浮かぶのは、M&Aによる楽天の積極的な事業拡大戦略。特に金融事業の拡大に力点を置いている姿には、共通点が見えるのではないだろうか。金融事業の特徴として売上高利益率が高く、BS上の金融債権が膨れることや、セグメント情報で金融事業の売上や利益の構成比が大きくなっていることなどが想定される。
  • 楽天とライブドアとの違いには、ライブドアがM&Aによって本業自体を探し集めていたのに対して、楽天は創業来、インターネット・ショッピング・モール「楽天市場」というコアのビジネスを保有し、そこに付加する形でのM&Aを行っていることが挙げられる。この違いは、たとえば連結決算と単独決算の売上高や営業利益の比率(=連単倍率)に現れているのではないだろうか。
  • M&Aによる事業拡大によって、毎年の決算書がまるで別会社のように見えていたのがライブドア。この観点では、楽天もライブドアと似通った「急成長率」を示しているのではないだろうか。
  • ライブドアの上場廃止観測が強まる一方、ライブドアは手元の現預金が潤沢で無借金会社なので、上場廃止後に即倒産といった懸念も少ないということがメディアで挙げられている。その証拠に、比較的短期の利ざや獲得を目指す外資系ファンドが、ライブドアの買収に動き出しているとの情報もある。ライブドアが借金ではなく株式中心に資金調達してきたのに対して、楽天の資金調達手段はどのようなものであったのだろうか。また、昨年話題になった株式会社東京放送(TBS)の株式大量取得によって、投資有価証券として相応の金額が楽天のBSに資産計上されているはずだが、その資金の出所はどこにあったのだろうか。
  • 「楽天市場」というコアのビジネスを保有し、金融事業を順調に拡大する楽天は、第3回で取り上げたヤフーの営業利益600億円、営業利益率51%(2005年3月期)に匹敵するほどの収益性を誇っているだろうか。ヤフーとの比較も適宜試みたい。

それでは、楽天の2005年12月期の連結損益計算書(PL)と連結貸借対照表(BS)を見ていくことにしましょう。

■連結損益計算書と連結貸借対照表

楽天 損益計算書と貸借対照表
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損益計算書(PL)

1. 楽天の2005年12月期の売上高は1,297億円に達しており、これは前年度(455億円)比で185%の成長に相当します。営業利益は348億円(前年度比132%成長)、経常利益は358億円(同132%成長)、純利益は194億円(前年度は赤字)に及んでおり、2005年12月期は、楽天が売上・利益ともに大きな成長と変化を遂げた一年でした。楽天の6つの事業セグメント別の売上高成長率を見ると、EC事業(63.5%)、ポータル・メディア事業(64.8%)、トラベル事業(35.8%)が、相対的に"緩やかな成長"であったのに対して、証券事業(101.6%)とクレジット・ペイメント事業(5,970.7%)の成長率は突出しています。前者は株式市場活況による取扱高の急激な増加、後者は楽天KC㈱(旧国内信販株式会社)の7月からの連結開始が主要な背景にあります。それでも、連単倍率は、売上高ではライブドアの8.5倍に対して楽天は3.9倍、営業利益の連単倍率は2.7倍に留まっており、決して低い水準ではないものの、ライブドアと比較すると健全な水準に思えます。 

2. 6つの事業セグメントの主要な数値は以下のとおりです。

楽天 セグメント

売上高の過半数がクレジット・ペイメント事業(35.5%)と証券事業(19.9%)という、いわゆる金融ビジネスによってもたらされています。架空ライブドア社の2005年9月期決算での同比率は58%であったので、ほぼ同水準です。ただし、ライブドアの金融ビジネスの比率は、営業利益構成比では8割強をも占めていたのに対して、楽天は過半数(53.4%)に留まっています。ここにも、楽天はEC事業というコアビジネスの上に金融ビジネスの拡大を図っているのに対して、ライブドアはM&Aで獲得した金融事業そのものがコアの本業であったことの違いとして現れています。

3. 全社の売上高総利益率は89.0%、売上高営業利益率は26.9%であり、金融事業やインターネット業界に見られるPL上の高い収益性を示しています。しかし架空ライブドア社の営業利益率16.2%は十分に上回っているものの、ヤフーの同比率51.1%と比較すると約半分の水準です。ヤフーの2005年3月期の売上高は1,177億円なので、楽天の1,297億円と大きく変わりません。またヤフーの総利益率92.4%も楽天と大きく変わりません。そこで両社の販管費の中身を比較することで、なぜ楽天の営業利益率が低いかを探ってみます。

4. まず、貸倒費用が楽天には161億円(ヤフーは8億円の貸倒引当金繰入額)発生しており、これが売上比で12%の違いを生んでいることが分かります。個人向け金融与信事業を行う上では不可避な費用ですが、売上高の12%とは大きな数値です。次に、人件費が楽天の161億円に対してヤフーは95億円なので、差額66億円(売上比で5%程度)の差を生んでいます。これは、従業員数が楽天の3,709人(2005年12月期)に対してヤフーは1,928人(2005年3月期)と2倍に及ぶことに起因します(共に契約社員含む)。楽天の3,709人のうち約60%に相当する2,246人はクレジット・ペイメント事業に所属しています。利益水準からすると、やや余剰感を感じさせます。

5.  こうして見てくると、楽天の売上の急激な拡大と、それ以上の販管費の増大による利益率の低下には、クレジット・ペイメント事業、具体的には楽天KC㈱(旧国内信販株式会社)の、2005年7月からの連結子会社化が大きく影響していることがわかります。2006年度は当社が1年間フルに連結対象となるので、半年だけの連結であった2005年度より、さらに影響度が増すことが予測されます。もちろん、EC事業と個人向け金融与信事業のシナジー効果を発揮し、適切なコスト削減を行うことで利益を向上させ、利益率がこれ以上落ち込まない努力をすることが期待されます。実際、2005年度の楽天KCのクレジットカード発行枚数は、前年度同期比で既に59%増加したようです。

6. グラフに示すように、楽天は2000年度の上場以来5年間連続して最終純損失でしたが、2005年度に上場以来初となる最終黒字決算となりました。

楽天 当期純利益

2004年度に営業利益率33.0%を誇る企業が、なぜその2004年度も含め5年間ずっと最終赤字だったかと言えば、M&Aに伴って発生する連結調整勘定(のれん。買収金額と買収した企業の純資産額の差)を特別損失として毎年全額を一括償却してきたためです。しかし、企業会計基準の変更によって、2006年4月からは、連結調整勘定を一定の期間で償却することが義務付けられます。これに先立って、楽天は2005年度から連結調整勘定の償却を始めた結果、必ずしも楽天が意図したものではないものの、上場以来初の最終黒字となったわけです。この結果、2005年度は連結調整勘定の償却額約9億円が販管費に計上されており、これも楽天の営業利益率のダウンに若干貢献しています。少し長いですが、この連結調整勘定の処理の方法について、2004年度、2005年度それぞれ、楽天が決算短信上でどのように説明しているかを記述します。三木谷社長が苦虫を噛みつぶしながら述べているような気がするのは私だけでしょうか。

2004年
当社の属するインターネット関連サービス業界において競争の激化及び事業機会の拡大が急速に進む現状では、被買収企業が営むパーソナルファイナンス事業等の効果の発現期間を合理的に見積もることは極めて困難となっております。したがった、当期の発生額については、発生時に一括償却し特別損失として計上しております。

2005年
楽天KC㈱・楽天リサーチ㈱・LinkShare Corporation等の買収案件については、それぞれ当社グループ事業との関連性が高く、長期的な視野に立った企業価値評価に基づき買収を実施しております。したがって、当連結会計年度における買収に伴って発生した連結調整勘定の償却については、合理的な見積もりに基づき連結財務諸表原則に定める最長期間である20年で償却し、販売費及び一般管理費として計上しております。

 

貸借対照表(BS)

1.  売上高の実に12.8倍に達する楽天の総資産1兆6,577億円は、流動資産:固定資産の比率が8:2で構成されています。この8:2の構成比は、奇しくも2005年9月期の架空ライブドア社とまったく一致しています。流動資産で1,000億円を超える大きい科目を順に並べると、信用保証割賦売掛金3,015億円、証券業における信用取引資産2,853億円、証券業における預託金2,394億円、営業貸付金1,682億円、割賦売掛金1,438億円となっており、ほとんどがクレジット・ペイメント事業と証券業から来ていることが分かります。これは、PL解説の2番で示したセグメント情報からも、クレジット・ペイメント事業の資産構成比が49.8%、証券事業の資産構成比が36.5%であることから確認できます。

2.  固定資産で目立つ科目は、投資有価証券の1,702億円と連結調整勘定568億円です。投資有価証券の中には、楽天が2005年度末現在、その議決権の20%弱保有するTBS株式1,100億円強が含まれています。連結調整勘定はPL解説の6番で記述したとおりで、2004年度はゼロであった科目です。

3.  調達サイドに目を転じると、株主資本比率は4.6%という低さが際立っています。中身を見ると、利益剰余金がマイナス582億円の欠損金状態にあることがわかります。5年間連続の最終純損失であれば、当然の結果とも言えますが、むしろ注目すべきことはライブドアのような増資に次ぐ増資で資本金や資本剰余金が膨れ上がった状況ではないことです。既存株主にとっては自己の持ち株比率が希薄化しないメリットと肯定的に取ることも可能です。一方、楽天は実際にはM&Aの原資確保のために昨年増資を試みたものの、TBS買収によるイメージの悪化で、タイミングを逸したとも言われています。 

4.  必然的に借金による資金調達が中心となり、年度末での総額は約7,000億円に及んでいます。ただし、ここまで見たように楽天の資産のほとんどは金融事業のために存在しているとも言えるので、借金による資金調達が多いことは必然とも取れます。流動比率(流動資産/流動負債)は100%とバランスは取れており、TBS株式を含む長期保有の投資有価証券1,702億円は、これを若干上回る金額の長期借入金1,864億円で対応できています。支払利息負担も今のところ軽微(4億円弱)に留まっています。赤字続きで小さくなった株主資本と、連結調整勘定の一括償却中止によって生み出された大きな純利益により、過去5年間は赤字決算で算出すら不可能であった楽天のROEは、突如31.8%というヤフー並み(2005年3月期は、46.9%)の高水準を記録しています。楽天KC㈱の連結子会社化の影響がPLでは半期分しか組み込まれていないことを考えると、楽天のROEは実際にはさらに高かったと言うこともできます。 

5.  楽天の収益性はどう判断すべきでしょうか。PLの3番で見たように、売上高営業利益率は26.9%、ROEは前述のとおり31.8%と、文句無い高収益企業に映ります。しかしPLの2番のセグメント情報を見ると、ROA(営業利益ベース)は全社で2.1%という非常に低い水準です。セグメント別に見ると、売上構成比の大きいEC事業5.7%、クレジット・ペイメント事業0.8%、証券事業2.2%のどれもがROAの低さに寄与していることが分かります。前者2つは新規連結子会社(EC事業はLinkShare、クレジット・ペイメント事業は楽天KC㈱)がPL上は1年間フルに連結されていないこと、後者2つは金融事業であるため、資産が膨らむ特性にあることが、それぞれROAの低さの主要因ではありますが、ROAの水準の向上には一定の余地があると思われます。

 

【今後の注目】

楽天は、「今後数年内にグループ運営サイト内での流通総額(商品・サービスの取扱高)年額1兆円、経常利益1,000億円を目標」としています(2005年度流通総額は5,631億円、経常利益は358億円)。経常利益はまだ目標の半分に至っていませんが、流通総額については相次ぐM&Aによって着実にその実現に向かっています。

その反面、楽天による突然のTBS株式大量取得に見られたように、現状の延長線上では楽天の将来性は厳しいという見方をしているのは、楽天自身であるとも映ります。現在は小康状態の両社の関係ですが、楽天の野望を考えると、この先未だ予断を許さないでしょう。

株式時価総額1兆円超は今期の純利益194億円と比較(PER)しても、50倍を軽く上回る水準です。連結調整勘定の一括償却を停止した今、利益水準から見れば割高とも言える現在の株価式市場の評価に応えるだけの利益を、今後確実に計上していくことが求められています。

 

 

シリーズ 財務諸表から見える企業

決算書を読む前に、はじめに確認したいこと